最近、「独立後の会の名称は何ですか?」とよく聞かれます。
名称については特別考えていません。
既に「合気道市原養神会」と「袖ケ浦市合気道連盟」があります。
この二つの組織をより充実させていくつもりです。
「合気道市原養神会」の発足は、私が龍の内弟子になってすぐのときに、私の地元、市原で演武会を開いたのがきっかけです。市原市長をはじめ多くの方達に集まっていただきました。この時に来賓としてお越しいただいた潤間丈助さん(現市原養神会会長)の発案で、今後は市原市内の団体で連携を取りながら組織的な運営を行おうということで発足いたしました。
次に「袖ヶ浦市合気道連盟」は一昨年、袖ヶ浦市内で活動している3つの団体で、さらに地域での合気道普及を図るために結成いたしました。連盟の事業として行った、木更津さくら会創立10周年の演武大会は本当に盛り上がりました。
年間行事として、鏡開き、安藤師範をお招きしての千葉県南部合同審査会、講習会などがあります。
独立してからはさらに色々なことにチャレンジしていきたいと思います。
2012年2月26日日曜日
指揮官の決断
お正月映画の「聯合艦隊司令長官 山本五十六」はなかなか面白かったらしいですね。
山本五十六は対米戦争に最後まで反対した人で、開戦不可避となると国力で日本をはるかに圧倒するアメリカと如何に戦うべきかを考えます。当初、海軍軍令部の下した命令は、「漸減邀撃作戦」(米国艦隊を日本近海までおびき出し艦隊決戦によって雌雄を決する作戦)でした。これでは長期戦になり、国力に勝るアメリカの物量に日本は持ちこたえられないと考えた山本が考えたのが「真珠湾攻撃」でした。ハワイ真珠湾に在泊するアメリカ太平洋艦隊主力を撃滅し、米国海軍と米国民の戦意を喪失させ、早期講和を結ぶのが目的でした。しかし、開戦の事前通告が遅れ、これをだまし討ちととらえた米国民感情は対日戦争へと傾いていきます。皮肉にも山本の意図とは真逆になってしまいました。
やがて米軍の反撃がはじまり、日本は徐々に追い詰められていきます。戦争末期、戦力に劣る日本がとった行動が「特攻」です。爆弾を抱えて敵艦に突っ込む体当たり攻撃は、始めこそ米軍を震撼させますが、対策を講じた米軍には次第に無力化します。それでも特攻作戦は終戦まで続きます。優秀なパイロットほど、特攻作戦には反対したそうです。戦闘機のパイロットは生きて帰ってきてこそ再び戦うことができると。
この特攻作戦の命令に命がけで反抗した現場の指揮官がいました。海軍「芙蓉部隊」の美濃部正中佐でした。
階級も年齢も一番下だった美濃部中佐でしたが、上官の命令に全力で反対します。この時代、上官の命令は絶対であり、逆らうことは軍法会議で死刑になることも覚悟しなければなりませんでした。特攻を拒否した美濃部中佐率いる、「芙蓉部隊」は終戦まで通常攻撃を続けます。それでも部隊からは戦死者が100名出たそうです。しかし、生き残った部下たちからは戦後、本当に尊敬され感謝されます。時代の雰囲気に流されず真実を見極め行動することができる勇気と決断力は現代にも通じるものがあると思います。
山本五十六は対米戦争に最後まで反対した人で、開戦不可避となると国力で日本をはるかに圧倒するアメリカと如何に戦うべきかを考えます。当初、海軍軍令部の下した命令は、「漸減邀撃作戦」(米国艦隊を日本近海までおびき出し艦隊決戦によって雌雄を決する作戦)でした。これでは長期戦になり、国力に勝るアメリカの物量に日本は持ちこたえられないと考えた山本が考えたのが「真珠湾攻撃」でした。ハワイ真珠湾に在泊するアメリカ太平洋艦隊主力を撃滅し、米国海軍と米国民の戦意を喪失させ、早期講和を結ぶのが目的でした。しかし、開戦の事前通告が遅れ、これをだまし討ちととらえた米国民感情は対日戦争へと傾いていきます。皮肉にも山本の意図とは真逆になってしまいました。
やがて米軍の反撃がはじまり、日本は徐々に追い詰められていきます。戦争末期、戦力に劣る日本がとった行動が「特攻」です。爆弾を抱えて敵艦に突っ込む体当たり攻撃は、始めこそ米軍を震撼させますが、対策を講じた米軍には次第に無力化します。それでも特攻作戦は終戦まで続きます。優秀なパイロットほど、特攻作戦には反対したそうです。戦闘機のパイロットは生きて帰ってきてこそ再び戦うことができると。
この特攻作戦の命令に命がけで反抗した現場の指揮官がいました。海軍「芙蓉部隊」の美濃部正中佐でした。
階級も年齢も一番下だった美濃部中佐でしたが、上官の命令に全力で反対します。この時代、上官の命令は絶対であり、逆らうことは軍法会議で死刑になることも覚悟しなければなりませんでした。特攻を拒否した美濃部中佐率いる、「芙蓉部隊」は終戦まで通常攻撃を続けます。それでも部隊からは戦死者が100名出たそうです。しかし、生き残った部下たちからは戦後、本当に尊敬され感謝されます。時代の雰囲気に流されず真実を見極め行動することができる勇気と決断力は現代にも通じるものがあると思います。
2012年2月24日金曜日
2012年2月22日水曜日
2012年1月10日火曜日
鏡開きツアー・龍一門新年会
1月7日(土)~9日(月)はイベントの連続でした。
7日(土)は佐倉同好会の鏡開き、少年、一般、父兄合わせて約40名、西会長を中心にアットホームな雰囲気で行われました。
8日(日)は袖ヶ浦・市原合同の鏡開きと講習会、こちらは合計で約80名、大人数でにぎやかでした。
講習会のテーマは「剣」、ほとんど初めて習う方たちばかりだったので、素振りなど基本的なことを中心に行いました。次回の三橋師範代講習会は22日(日)です。内容は体術です。
そして、9日(月)は「新年特別講習会」と「龍一門新年会」でした。
安藤師範による特別講習会は46名の参加者があり、「入り身」をテーマに行ったそうです。
そして「龍一門新年会」は出席者62名。
特別ゲストは時代小説作家の井川香四郎さん、「暴れん坊将軍」や「八丁堀の七人」の脚本も書いてる方です。とても気さくな方で、小説もとても面白く読みやすいそうです。私も読んでみようかな・・・
7日(土)は佐倉同好会の鏡開き、少年、一般、父兄合わせて約40名、西会長を中心にアットホームな雰囲気で行われました。
8日(日)は袖ヶ浦・市原合同の鏡開きと講習会、こちらは合計で約80名、大人数でにぎやかでした。
講習会のテーマは「剣」、ほとんど初めて習う方たちばかりだったので、素振りなど基本的なことを中心に行いました。次回の三橋師範代講習会は22日(日)です。内容は体術です。
そして、9日(月)は「新年特別講習会」と「龍一門新年会」でした。
安藤師範による特別講習会は46名の参加者があり、「入り身」をテーマに行ったそうです。
そして「龍一門新年会」は出席者62名。
特別ゲストは時代小説作家の井川香四郎さん、「暴れん坊将軍」や「八丁堀の七人」の脚本も書いてる方です。とても気さくな方で、小説もとても面白く読みやすいそうです。私も読んでみようかな・・・
2012年1月2日月曜日
新年おめでとうございます。
皆様いかがお過ごしですか?
今年は「龍」の年ですから、みんなで龍の如く昇って行きましょう。
さて、私の元旦はお雑煮作りから、我が家の伝統の「醤油味」と新たに「みそ味」を両方作ってみました。
両方いけます。
ちなみに餅は茹でて柔らかくしたのを入れます。
皆さんは焼く派? 茹でる派?
今年は「龍」の年ですから、みんなで龍の如く昇って行きましょう。
さて、私の元旦はお雑煮作りから、我が家の伝統の「醤油味」と新たに「みそ味」を両方作ってみました。
両方いけます。
ちなみに餅は茹でて柔らかくしたのを入れます。
皆さんは焼く派? 茹でる派?
2011年12月30日金曜日
年の瀬
龍道場は現在冬季休暇中です。
大掃除も無事に終わり、佐倉での講習会、納会も楽しく過ごせました。
1年の終わりに万歳を見れて良かった。
見逃してしまった方はどうぞこちらから・・・(八千代のK会長が撮っててくれました。)
そして、27日にはH先生が畳32枚を中型トラックに乗せて私の家に、やってきました。
いずれ建設するご自分の道場の畳を一時保管したいとのこと。
何せ私の家は倉庫ですから、畳の100枚や200枚くらい、なんてことはありません。
堀田先生とは内弟子になる前から、ご縁があり、今日も大変可愛がっていただきました。
畳を下ろし、昼食をごちそうになったあと、
「じゃあこれから浦安一緒に来い!」
と嫌がる私を無視したまま、
「堀田先生、次、右です。」
と私が案内をするのとは、逆方向に。
そして勝手に高速に乗る。
そしてなぜか、木更津の方面に、
房総半島を暴走するH先生でした。
暴走とといえば、金総書記が亡くなった北朝鮮の動向は気になりますね。
北朝鮮の体制についてはいろいろな問題がありますが、北朝鮮の「イムジン河」はいい曲です。
朝鮮戦争で南北が分断され、北朝鮮と韓国の国境を流れる、臨津江(イムジン河)のそばで南の故郷に思いを馳せながら、祖国の統一を願う内容です。
日本ではこの曲は当初、多方面からの圧力により、発売禁止になりました。しかし、良いものは必ず世に出てくるものです。
同じく放送禁止になった、「手紙」という曲も心にグッときます。
被差別部落の女性の遺書がベースになっている曲で、各メディアが放送を自粛しため表に出てこなかった曲です。
愛だの恋だの言っている歌よりもこういう方が心に染み込んでくる、今年の私の年末です。
大掃除も無事に終わり、佐倉での講習会、納会も楽しく過ごせました。
1年の終わりに万歳を見れて良かった。
見逃してしまった方はどうぞこちらから・・・(八千代のK会長が撮っててくれました。)
そして、27日にはH先生が畳32枚を中型トラックに乗せて私の家に、やってきました。
いずれ建設するご自分の道場の畳を一時保管したいとのこと。
何せ私の家は倉庫ですから、畳の100枚や200枚くらい、なんてことはありません。
堀田先生とは内弟子になる前から、ご縁があり、今日も大変可愛がっていただきました。
畳を下ろし、昼食をごちそうになったあと、
「じゃあこれから浦安一緒に来い!」
と嫌がる私を無視したまま、
「堀田先生、次、右です。」
と私が案内をするのとは、逆方向に。
そして勝手に高速に乗る。
そしてなぜか、木更津の方面に、
房総半島を暴走するH先生でした。
暴走とといえば、金総書記が亡くなった北朝鮮の動向は気になりますね。
北朝鮮の体制についてはいろいろな問題がありますが、北朝鮮の「イムジン河」はいい曲です。
朝鮮戦争で南北が分断され、北朝鮮と韓国の国境を流れる、臨津江(イムジン河)のそばで南の故郷に思いを馳せながら、祖国の統一を願う内容です。
日本ではこの曲は当初、多方面からの圧力により、発売禁止になりました。しかし、良いものは必ず世に出てくるものです。
同じく放送禁止になった、「手紙」という曲も心にグッときます。
被差別部落の女性の遺書がベースになっている曲で、各メディアが放送を自粛しため表に出てこなかった曲です。
愛だの恋だの言っている歌よりもこういう方が心に染み込んでくる、今年の私の年末です。
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